『運』は本当に実力の内なのか?

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どうもこんにちは、いっちーです。

「運も実力の内」

これってよく言われることですよね。
でも、実際のところ本当にどうなのかというと、意見が分かれるところだとは思います。

運は本当に実力の内なのか?

結論としては、「運は実力の内」と言っても差し支えないと思います。

なぜかと言うと、運とはそもそも本人の解釈の問題だからです。

目の前で起きたことについて、
本人が「運が良い」と思えば運が良いことになり、
「運が悪い」と思えば運が悪いことになります。

つまり、運が良いかどうかを決めるのは、最終的には自分の「判断」なのです。

明らかに運が悪い人・良い人もいるけど?

「運が解釈の問題なんて、そんなわけないよ!
だって端から見てて運が悪い人、良い人って明らかにいるじゃん。」

もしかしたら、こんな風に思われた人もいるかもしれません。

たしかに、「あの人、運悪いよね」とか、「運良いよね」とか、
人の運の良し悪しを評価することが結構あるものです。

が、本当に運の良い人は、周りのそういった声とは関係なく、
自分は運が良いと思い込んでいる場合が多いようです。

例えば、パナソニックの創業者である松下幸之助はその典型です。

ある日、松下が船に乗っていた時のこと。
その船の船員の一人があやまって海に落ちてしまう、という事故がありました。

そして、なんとその時船員の近くにいた松下も、落ちそうになっていた船員に不運にも手を掴まれ、一緒に海にドボンと落下してしまったそうです。

いわば、完全な「もらい事故」です。
端から見ると、不運極まりありませんよね。

ちょうど季節が夏だったことも幸いし一命は取り留めたのですが、松下はこの経験について次のように述べたそうです。

「もし冬の寒いときであったら、今頃は西方浄土に遊んでいたかもしれない。
自分は運がよい人間だ。これほどの運があればある程度のことはできるぞ」

引用元:https://www.php.co.jp/php/topics/article-30248.php

そう言って、その後の仕事をする上で大きな自信になったのだそうです。

「経営の神様」とまで言われる人物は、やはり違いますね。
解釈力がえげつないです。

「運」とはあくまでも本人のもの

松下幸之助のエピソードからわかるのは、運とは周りの誰かが決めるものではなく、あくまで本人が決めるものだということです。
周りの人がどれだけ「運が悪い」と思うことでも、当の本人が「運が良い」と思い込んでいれば、それは運が良いことになります。

強がりや無理やりなこじつけに思われようが関係ありません。
本人が「運が良い」と思うのは自由です。

起きた出来事に色をつけるのはいつも自分

結局、運の良し悪しは自分で決めるもの、と言えるもの。
であるならば、たいていの出来事「運が良い」と捉えることだってできるはずです。

運が良い人は、これを実践できる人。
つまりは「運が良いと解釈できる能力」を兼ね備えていると言えます。

そして、これこそが、「運は実力の内」という言葉の真の意味かもしれない、と私は考えます。

今日からできる!簡単に運を上げるコツ

良いことがあって、「運が良い」と思うのは普通です。
ですが、一見悪いことが起きた時、それを運が良いと思える人は少ないでしょう。

逆に言えば、悪いことを運が良いと解釈することは、運という実力を鍛えるトレーニングとなるのです。

なので、今後良いこと以外の出来事が起きた時、「なんて自分は運が良いんだろう」と口ずさんでみてください。
そうすると、脳内で「なぜこの出来事が自分にとって運が良いことなのか?」という質問が勝手に回り始めます。

出てきた答えがなんであれ、まずは目の前のことを「運が良い」と解釈するクセをつけることが大切です。

もしあなたが運が良い人になりたいのなら、早速今日から試してみてくださいね。

では、今回は短いですがこれにて。